ヤーマンです。だんだんと秋の足音も聴こえて参る昨今ですが、みなさまお変わりありませんでしょうか?
全5回のレゲエ概論シリーズも折り返し地点の今回は、ルーツレゲエにまつわるビックトピックのひとつ、みなさんお待ちかね「ダブ」について語っちゃいます。
前回のルーツレゲエといい、今回のダブといい、テーマが大上段過ぎて無駄にプレッシャーかかりますが、頑張って書いてみますので皆様お付き合いの程をよろしくお願いしますっ!ますっ!ますっ、ます、ま、ま、ま、ま、、、ディレイ(Roland SDE-1000)かけてみました。。。
【ダブの発見】
さぁ、「ダブ」である。疑い様もなく現代の音楽、特に広義のダンスミュージックにおいては最早直接的な影響関係を感じさせる事もなく、その遺伝子が受け継がれているダブ。
オレ自身のことから語れば、最初にダブを意識したのは高校生の時にハマっていたマッシブアタックだと思う。彼らの2ndアルバム "Protection" をマッド・プロフェッサーがダブしたアルバム "No Protection" を聴いて「なんじゃこりゃ!?」と吹っ飛ばされた。その完成度とオリジナリティーは凄まじいものがあると今でも思っているが、幸か不幸か10代のオレはこれがダブってものなんだと思い込んでしまった。
その後、例えば「King Tubby Meets Rockers Uptown」の様なダブの教科書的レコードを買って聴いてみても何かピンと来なかった。じ、地味過ぎる、、、曲が全部同じに聴こえる、、、
単純にオレの頭と耳が未熟なだけだったんだが、ON-Uのような一部のUKダブ以外を聴く機会は、その後もあまり多く無かった。
後年、ルーツレゲエそのものにはまってから、7インチのB面、ヴァージョンとしてのダブを聴くことでようやくダブが理解出来た気がしたし、その魅力についてもより理解出来た。ダブと聞けばディレイとリバーブの派手なエフェクトワークが頭に浮かぶ人が多いと思うし、もちろんそれも大事なファクターなんだが、ダブの本質は実はそこにはないのではないか。
ではそのダブの本質、心の臓はどこにあるのだろうか?
67年のトレジャーアイル(Treasure Isle)スタジオにて、彼らはそれを発見する。
SRS というサウンドシステムのサウンドマンだったルディ・レッドウッド(Ruddy Redwood)は、自らのサウンドシステムのためだけに制作したスペシャルなレコード(ダブプレート)のカッティングのためそこにいた。作業中、トレジャーアイルのエンジニアであったバイロン・スミス(Byron Smith)は誤って曲のヴォーカルをミックスせずにバックトラックだけをカットしてしまう。ここでルディ・レッドウッドは歴史的な決断をする。ヴォーカル無しのそのダブプレートをSRSのダンスでプレイしてみたのだ。すると何故か会場は大盛り上がり。その様子を伝え聞いたトレジャーアイルのオーナーでありプロデューサーでもある、デューク・リード(Arthur "Duke" Reid)は過去のヒット曲のヴォーカルを抜いたインストバージョンを売り出し始め、次第に7インチシングルのB面にA面のインストを入れる事が一般化することとなる。所謂、ヴァージョン(=インストゥルメンタルヴァージョン)の誕生だ。
そして同じトレジャーアイルスタジオで、その光景を目の当たりしていた男が、アートフォームとしてのダブの歴史の扉を開ける事になる。オズボーン・ラドック、後にキング・タビー(King Tubby)として知られる事になるその男こそ、まぎれもなくダブの発見者でありイノベーターだ。
電気技師でもあり、サウンドシステム "ホームタウン・ハイファイ(Tubby's Hometown Hi-Fi)" を運営していたキング・タビーは当時トレジャーアイルスタジオでエンジニアとして働いており、多くのヴァージョン制作を手がける内にミキシングそれ自体の持つ可能性に気付く。また彼のホームタウン・ハイファイでは既に自作のエコーやリバーブが使用され、オーディエンスを熱狂させていたようだ。
次第に彼はスタジオの中で、その2つを組み合わせた実験を開始する。ヴォーカル抜きのヴァージョンの制作時に、各トラックの音量バランスを変えたり、EQを最大限に活かしたドラマチックな演出効果、あるいはトラックミュートを使用した音の抜き差しとエコーやリバーブといったエフェクトのコンビネーション等、これ以降発展するダブの方法論のほとんどはタビーが発明したといっても過言ではないし、現代的に言えば「リミックス」という概念はまさにここで産まれた。
70年代に入ると彼は、トレジャーアイルスタジオから譲り受けた2トラックのミキサーを元にウォーターハウス地区に自らのスタジオ "キング・タビーズ(King Tubby's)" を設立し、歴史を震わせる数々の仕事をこなすことになる。
いくつか代表作を挙げよう。オーガスタス・パブロのロッカーズレーベル音源をダブした「King Tubby Meets Rockers Uptown」はタビーの代表作であり、ダブのマスターピース。全編タビーマナーとでもいうべき手法と空気感が濃密に覆うダブの教科書アルバム。
ジャマイカのミシェル・ルグランことハリー・ムーディー(Harry Mudie)のMoodisc音源をガッチリ組んでダブした「Harry Mudie Meet King Tubby In Dub Conference Vol.1」は、ストリングスやオルガンのアレンジが流麗で、ルーツレゲエ期のジャマイカにあって飛び抜けてオシャレでメロウなMoodiscのトラックとタビーの創意溢れるミックスで、彼の全キャリアの中でもトップレベルの仕事。現代の耳で聴いても殆ど古さを感じさせない奇跡的名盤。
ウィンストン・ナイニー・ホルネス(Winston Niney Holness)のThe Observer音源と、バニー・リー(Bunny Lee)のお抱えアグロヴェイターズ(The Agrovators)の音源の、それぞれのダブをタビーの死後コンパイルした編集盤「King Tubby's Special 1973-1976」は、マスタリングの評判の悪い英Trojanからのリリースながら、聴かれるべき内容を持った好盤。70年代のバニー・リーはタビーズを多用しているため、タビーの作品でアグロヴェイターズ演奏のトラックが使用されたものに当たる機会が結構多い。
ちなみに↓写真右端がキング・タビー。完全に電気屋の親父です。
キング・タビーがダブの発見者ならば、それをより前衛的に発展させたのがリー・ペリー(Lee 'Scratch' Perry)だろう。彼はタビーズを利用していた常連の1人でもあった。その2人が邂逅した歴史的レコードが最初のダブアルバムと讃えられる1枚、73年の「Blackboard Jungle Dub」。今はいくつかの再発盤で入手可能だが、極少数プレスだったというこれの原盤は高中音域のギターやオルガンと低音のベースやドラムスをそれぞれステレオのL/Rチャンネルに完全にスプリットしたミックスだったらしい。今では当たり前だが、高中音域のツイーターと低音のウーハーのスピーカーを組み合わせたスタイルでサウンドシステムをはじめたのはキング・タビーのホームタウンハイファイが最初だったという話もあり、73年の時点で驚くべき仕事と言わざるを得ない。
このアルバムでタビーとペリーが果たしたそれぞれの役割については、ご多分に漏れず諸説ある。一説によるとタビーのスタジオの4 チャンネルのミキサーを2チャンネルずつ2人で担当してミックスしたという話もあるが、これは少々眉唾だろう。アップセッターズの演奏にペリーが効果音やヴォイスをオーバーダブし、それをタビーズでミックスしたのではないかと個人的には推察する。タビーが89年に射殺され、ペリーが宇宙に行ったきりになってしまった今となっては確かめる術がないが、このアルバムがダブというものをわざわざレコードで鑑賞するアートの位置まで押し上げた歴史的1枚であることは疑う余地がない。
※左から一般的に流通したジャマイカ盤/NYのクロックタワーからのライセンス盤/英Auraluxからの再発盤/リー親分
ペリー自身のダブへの技術的貢献については、彼の諸作、中でも「Super Ape」といった歴史的傑作ダブアルバムに顕著であり、その存在感は唯一無比だ。彼の仕事の詳細については別項に譲るが、ダブ史的に語ればフェイザー(音の位相を機械的にずらしてシュワシュワという効果をえるエフェクター)の使用方法については、まぎれもなく彼の発明であると言えるし、彼自身のスタジオ名からブラックアーク(Black Ark)サウンドと呼ばれるハットがキンキンと響く超ドンシャリサウンドは、タビーズ産のダブとはまた違った意味において、ダブというイメージを代表するサウンドである。
また、ペリー以外にもタビーの発見したダブをその創世記において、より発展させた幾人かのエンジニア、プロデューサー達がいる。
ランディーズ(Randy's)スタジオの専属で、早い時期からダブに取り組んだ名エンジニア、エロール・トンプソン(Errol 'ET' Thompson)が手がけた「Java Java Java Java」。
あるいは、オーガスタス・パブロ(Augustus Pablo)とともに“ファーイーストサウンド”を作り上げたアクエリアス(Aquarius)レーベルのプロデューサー、ハーマン・チン・ロイ(Harman Chin Roy)の手がけた「Aquarius Dub」や、シンガー、プロデューサーであり歯科医でもあるキース・ハドソン(Keith Hudson)がタビーと制作した「Pick A Dub」。
これらの作品はどれも「Blackboard Jungle Dub」と並び極最初期のダブアルバムと呼ばれる名作。
一方のタビーは、70年代を通して後進のエンジニアの育成にも力を入れる。タビーズでキングの薫陶を受けた代表的なエンジニアには、後にニューヨークに移りプロデューサーとして名を成すフィリップ・スマート(Phillip Smart)や、タビーの死後キングの称号を受け継ぎ、ダンスホール期に“Slang Teng”リディムでビックヒットを飛ばすプリンス・ジャミー(Prince Jammy)/キング・ジャミー(King Jammy)がいるが、タビーの弟子筋で最もイノベイティブな仕事をしたのは、まだ10代の内にレコーディングデビューし70年代後半から80年代前半にかけてルーツ・ラディクス(Roots Radics)とのコンビネーションでダンスホールに旋風を巻き起こした、サイエンティスト(Scientist)だろう。
サイエンティストという彼の名は、アフリカに起源を持つVoodooの宗教、オービア(obeah)の呪術(=サイエンス)に由来する。彼はタビーの創造した手法を一歩押し進め、より大胆なミュートと、永遠に続いてゆく様なエコーとディレイの渦、そしてマスターテープの最初に入っているテストトーン(発信音)までをミックスして新たな音響空間を創出し、成功を収める。
初期のダブにおけるエフェクト使用の可能性は殆ど、先のリー・ペリーと、このサイエンティストによってもたらされたのではなかろうか。
サイエンティストが全盛を極めた80年代初頭を過ぎると、世はダンスホール時代へと突入、ジャマイカにおいてダブは忘れ去られた存在となり、それ以降、より積極的にダブを発展させたのは、例えばUKのマッド・プロフェッサー(Mad Professor)やエイドリアン・シャーウッド(Adrian Sherwood)、ジャー・シャカ(Jah Shaka)といったヨーロッパのアーティストだった。
80年代から90年代を通じた彼らの仕事は、ヨーロッパのみならず世界中の音楽、特にダンスミュージックのフィールドに多大な影響を与え続け、現在に至る。
また工藤 'Big H' 晴康氏が指摘する様に、ジャマイカでは遂にエンジニアのスタジオワークの域を出なかったダブが、UKのUB40やASWAD、あるいはここ日本のMute Beatの様に、ダブをライブで演奏するバンド達が他所の国において現れて来た事は大変興味深い。皮肉なことではあるが、"ダブバンド"というものはジャマイカには存在しないのだ。
そして今もってダブは、ジャマイカの外側で進化と発展を続けている。
と、ここまで書いてきて、きっと貴方はこう思っている。「だからー、ダブの本質ってなんなんだよ?!」と。
二言で言おう。
ダブの本質とは、「音の抜き差し」と「質感」だ。
ダブがロックステディ/ルーツレゲエのヴァージョンから産み落とされたという歴史的事実を鑑み、即ちダブとは元曲ありきで存在するモノだという、単純な事実を再度確認したい。
その元曲をいかに再構築するかという事こそがダブの本質であって、エフェクトとはそこに彩りを加える調味料でしかない。良いトラック、リディム、演奏があってこそ、初めて良いダブがクリエイトされる。そしてそれを下支えするのが、例えばタビーのスタジオの、彼が入念に手を入れたミキサーをくぐらす事で手に入る音の、あの鉄っぽいざらつき。あるいは、リー・ペリーの大胆なEQ処理による超ドンシャリサウンドの、その質感なのだ。
その辺を理解せずに、ディレイとリバーブかけて「はい一丁上がり!」、という訳にはいかないのがダブの奥深さ。レゲエ以外のフィールドで評価の高いモダン・ダブの作り手達もその辺を理解している人が多いんではなかろうか。Basic Channelのあの異常に質感にフォーカスを当てた音楽に今一度耳を傾けてみよう。
分かった気になっていても仕様がない。
分からなければ、分かるまで、浴びる様に聴き続けるしかない。
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【今月の一曲】
ジャー・シャカ以降のダブシーンにフォーカスしたフランスのドキュメンタリー「Dub Stories」というDVDの日本版には未収録のアバ・シャンティ・アイのダンスの模様。京都で活動するセレクター/シンガーで、アバのクルーの一人、 Shandi Iを起用した日本語の名曲をプレイ。しかしこのオーディエンスの数!
YouTubeにはノッティングヒルカーニバルで、シャンディ・アイがライブでマイクを握るヴァージョンもあるので、興味がある人は各自掘るように!
Shandi I - Inna Sanctuary
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【参考資料】
●「ルーツ・ロック・レゲエ」鈴木孝弥/監修(シンコーミュージック)
●「Dub Stories」(DVD/ナウオンメディア)
●キング・タビー - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%BC
●オービア - voodoo study
http://www.k2.dion.ne.jp/~dambala/obeah.html
●ダブ顔研究
http://undo-bu.hp.infoseek.co.jp/dubface.htm