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WASEDA STREET JOURNAL - Vol.1

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ひと月振りのヤーマンでございます。ポレポレタクシー石井です。
そろりそろりと今年も暑い夏が近付いて参りましたが、いよいよ今回から5回に分けてレゲエ概論に入りたいと思います。
まぁレゲエが好きな人には蛇足でしかないのですが、「レゲエって良く分からん」と思ってる方々の世界が少しだけ広がるための入り口になればこれ幸い。
今回はルーツレゲエ前夜、ジャマイカンミュージックの花開いたスカ〜ロックステディの時代を前史的にお話させていただきます。
では張り切ってまいりましょう、赤ペン必須でよろしくラスタマンヴァイブレーションどうぞー。


【レゲエ前夜 - スカ〜ロックステディーの時代】

ジャマイカはカリブ海、キューバの南に位置する島国。コロンブスのアメリカ大陸の「発見」と共にスペイン領となり、先住民のアラワク人(アラワクインディアン)は絶滅し、労働力として西アフリカより黒人奴隷が大量に連れて来られる事になる。彼ら黒人奴隷が現在のジャマイカで大多数を占めている黒人達の先祖だ。
まぁこんな事はそれこそWikipediaでも見れば載ってる事だけど、ジャマイカ人のルーツがアフリカから連れて来られた黒人奴隷であるという事は記憶されてしかるべきだろう。この先登場するラスタ思想もレゲエがレベルミュージックであるという事も、全てこの歴史的事実にその根を持つからだ。
1670年よりイギリス領に編入され、イギリスのカリブ戦略の根拠地となり、1865年に大規模な黒人の反乱を契機にイギリス直轄地となるが、1938年にジャマイカ労働党(JLP)が設立され、1959年に自治権を獲得、現在までイギリス連邦加盟の独立国となってる。

恐らく黒人国家としての体が整うにつれて、アメリカ南部の都市との貿易の中から、アメリカにおける黒人音楽(ゴスペルやR&B、ジャズ)も含んだ文化的交流も行われるようになったと想像され、1950年代に特にジャズから強く影響を受けたジャマイカンジャズ第一世代というべきミュージシャン達が現れる事になる。(ブリティッシュジャズシーンで活躍し、数年前にテイトウワのアカシックレコードからモンド的文脈で再発された「Indo Jazz Fusions」のジョー・ハリオット(Joe Harriott)もこの世代。)
それ以前にはジャマイカの音楽はメントやカリプソといったモノが主流だったのだけれど、これらは白人向けの輸出品であり、かつカリプソ自体が汎カリブ的なフォークロアミュージックであったため、彼らジャズメン達はそういった下地にジャズ(とR&B)から受けた影響を使って、ジャマイカ人のミュージシャンである自分達自身の音楽を作り出した。
それが「スカ」だ。
何故スカでサックスやトランペットといった管楽器がインストゥルメントとして多く使われるのか、納得できるところだと思う。オレ達なりのジャズってことだね。
こうして掴み取られた俺達の「島の音楽」は、1960年代に入ると、急激かつ爆発的に流行することになる。
1963年頃には、あの偉大なるコクソン・ドッド(Clement "Sir Coxsone" Dodd)のレーベル「スタジオワン(STUDIO ONE)」のハウスバンドとして、教会所属の全寮制学校でジャズの音楽教育を取り入れていたアルファボーイズスクールの卒業生である、ドン・ドラモンド(Don Drummond)やトミー・マクック(Tommy McCook)、ローランド・アルフォンゾ(Roland Alphonso)らによってスカタライツ(The Skatalites)が結成され、多くの録音を残す事になる。
スカタライツのメンバーはワレイカヒルの生粋のラスタマン、カウント・オジー(Count Ossie)のナイヤビンギドラムとのセッションなども行っていたらしい。ラスタファリアニズムについては別項に譲るが、ドン・ドラモンドはかなりハードなラスタだったらしいし、スカタライツのメンバーでは無かったが重要なトロンボーン奏者、リコ・ロドリゲス(Rico Rodriguez)に至っては山での生活を選ぶなど、この頃から既にラスタ思想はミュージシャンの間に根を下ろしていたようだ。こんなことも、スカの来歴を窺うヒントになるかも知れない。

ここで一服。92年の日比谷野音のThe Skatalites「Freedom Sound」。



なんでこんなに裏打ちを強調した音楽が産まれたのか諸説あり、「性能の悪いラジオでノイズ混じりに聴いていたニューオリンズのR&Bが2拍4拍が強調されて聴こえたため間違ったままコピーした」とかイイ話もあるし、「オレがスカを始めたんだ」と言い出すヤツも無数にいるので、正確な所は分からないけど、前述したようにジャマイカにおけるジャズとR&Bの人気というのが大きな要因であるのは事実として良いと思う。
そこにカリブの伝統的なメントやカリプソ、先に述べたようにラスタの音楽であるナイヤビンギドラムなどの要素が混じり合って産まれたのがスカなのではなかろうか。
そしてその「島の音楽」が、ジャマイカの独立と相前後して産まれてきたという所にも歴史のいたずらを感じずにはいられない。


そんな形で開花したジャマイカンミュージックは1966年頃からまた一つの転機を迎える。
「ロックステディ」の誕生だ。
ロックステディはスカのテンポを極端に落とした音楽で、その命名はアルトン・エリス(Alton Ellis)の「Rock Steady」とその曲で踊る際のダンススタイルに拠るといわれている。
この音楽が産まれた経緯についてもご多分に漏れず諸説入り乱れているが、一説によると66年のジャマイカの夏が異常な猛暑で、ミュージシャンもその音楽で踊る観客も早いテンポのスカに嫌気がさして、テンポを遅くして演奏したのが始まりだという。またある人の曰く、ある日のスカタライツのスタジオセッションにベーシストが遅刻してきたため、天才少年ジャッキー・ミットゥー(Jackie Mittoo)がキーボードでベースパートを兼任する際に、早いテンポで演奏出来ずにテンポを落としてセッションしたのが始まりともいわれる。
これまた本当の所は分からないけれど、元々ジャマイカに存在したR&B指向をベースに、アメリカにおけるは60年代末のソウルミュージックの発展と、ある種照応しているんじゃないかという気が若干するが、いずれにせよ69年から70年代にかけてレゲエへと移行するため、短命に終わったものの、このロックステディがその後のジャマイカンミュージックにおいて果たした歴史的役割は大きなものがある。
スカの時代から続く、デューク・リード(Arthur "Duke" Reid)の「トレジャーアイル(Treasure Isle)」と「スタジオワン(STUDIO ONE)」とのしのぎの削り合いの中で、この期間にジャマイカのレコードビジネスがより発展したことや、新興レーベルの設立もこの後のレゲエの時代を準備したし、また現代のダンスホールレゲエまで続くトラック(リディム)の使い回し(同じバックトラックの上で違うメロディー・曲を録音する)というそら恐ろしい生産手法も、このロックステディ期に誕生した。
今でもこの時期のリディムがファウンデーションとしてリメイクされることもあり、古くて新しいレゲエの直系の先祖という気がする。

ではここでは本文中でも触れた、67年のアルトン・エリス「Rock Steady」をひとつ。



うーん、ステキ。気持ちよくなってきたのでもう一曲いいですか?
ロックステディでは自分的最高曲、ミスターロックステディことケン・ブース(Ken Boothe)の「When I Fall In Love」を。これが68年。



この「When I Fall In Love」をオーガスタス・パブロがカヴァーした「Jah Light」は名曲だよな、とかその「Jah Light」の名前を冠したサウンドシステムが日本にあるよな、とか広げてゆくとキリがないので、今回はこの辺で。

最後に、この年代でもう一つ特筆すべき出来事として付け加えるならば、ラスタでは現人神と考えられているエチオピア帝国最後の皇帝、ハイレ・セラシエ1世 (Haile Selassie I)が1966年にジャマイカを訪問し、ラスタファリアンに熱狂的な歓迎を受け、思想運動としてのラスタが一つの大きなピークを迎えることになるのだが、ともかく、来るべき70年代を準備するかの様にいよいよ次回、ルーツレゲエが誕生します。震えて待て!


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【今月の一曲】
Cedric Im Brooks & The Light Of Saba「Satta Massagana」
ジャマイカのエチオピア正教会では聖歌としても歌われ、「Satta」リディムとしても無数のヴァージョンが存在するマスターピースオブルーツレゲエ。オリジナルではアビシニアンズやサードワールドのものが有名ですが、オレはLight Of Saba。DJの時に気持ちを入れるために一曲目によくかけてます。



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【参考資料】
●ジャマイカ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AB

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2009年07月05日 18:00に投稿されたエントリーのページです。

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